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Carlosの喰いしごき調査委員会 宮崎県の山間地域。これほどまでに山間地域とは思わなかった。我が愛車M社Pの車幅ギリギリの山道が国道だとはとうてい信じられない。途中「工事中のため30分間の通行止め」なんて憂き目にもあってしまって、少々先行きが心配な旅の始まりであった。 「山里のソバと文化を訪ねて」と題されたアジア麺文化研究会(注1)主催の地域研究会が平成12年12月2日、3日に宮崎県南郷村(注2)および椎葉村(注3)で開催された。南郷村は百済伝説の伝わる村、椎葉村は柳田国男氏が民俗学発祥の地と呼んだ平家落人伝説と焼畑で有名な村である。 南郷村での研究会初日は村内見学の後、ソバ研究では世界的権威である宮崎大学名誉教授の長友大(ながともたかし)先生(注4)の講演となった。長友先生は白髪混じりの長〜いお髭を貯えておられるご老人で、まさに「蕎麦仙人」の風貌をなさっておられる。講演の内容はソバの植物学的なちょっと難しいお話であったので詳しくは割愛させてもらうが、講演中で何よりも私が感銘を受けたのは「蕎麦には鳥の黄色い油が合うのぢゃ!」(注5)という蕎麦仙人のお言葉であった。実際は、その時「ふーん」位にしか感じてなかったのであるが、その数時間後、またその翌日に感銘を受けることになるのである。 2.蕎麦祭のご馳走 長友先生の講演の後、会場となった南郷村のコテージ山霧では懇親会として南郷村神門本村地区で一昨年まで行われていた「蕎麦祭り」のご馳走を再現していただいた。南郷村観光課作成の資料によると、蕎麦祭は一年の収穫を祝って、神事を催して神前に蕎麦の団子を供え、順番製で決められたその年の「まつり宿」の家が蕎麦を打つなどして、お客を接待したとのことである。このような蕎麦が主役の蕎麦祭りに接することが出来たことは蕎麦好きの私としては非常に光栄な出来事であった。なによりも、感謝しなければならないのは、今回、村内をご案内いただいた南郷村役場の原田課長を始めとした村の皆さんが、朝早くからお料理のご用意をしていただいていたということである。感謝の意を率直に伝えるためにも遠慮なくご馳走をいただくことにした。ぐつぐつと煮えた鉄鍋の地鳥汁、鯖寿司、お煮染め、蒟蒻の刺身などのご馳走とともに並んでいたお蕎麦は、細打ちのうどんほどの太さのしっかりした麺であった。蕎麦そのものの味も、その太さと歯ごたえに負けない濃厚な味と香りがして、力強い印象の絶品の蕎麦であった。蕎麦の上には葱と柚子の皮と骨付き地鶏がトッピングされてあった。この骨付き地鶏肉から出た出汁は、太めの力強い麺をしっかりと受け止めるだけの深みがあった。そう、この地鶏のスープと太めの蕎麦のマッチングがすこぶる良いのである。蕎麦仙人の「蕎麦には鳥の黄色い油が合うのぢゃ!」という言葉が脳裏によみがえってきた。「嗚呼、蕎麦仙人様のおっしゃるとおりでした!」隣でテーブルで杯を傾けられている長友先生の姿に後光が射して、本物の仙人に見えてしまった瞬間であった。 3.椎葉村・嶽の枝尾神社での神楽と蕎麦 ![]() 翌朝、山道に時間をとられ、予定していた時間より随分遅く南郷村の隣村である椎葉村の嶽の枝尾神社に到着した。夜通し行われているという神楽は到着時にはヤマタノオロチ退治の演目になっており、縄で造った大蛇に刀が振り下ろされるたびに村人の歓声がまきあがっていた。 神楽を見ながら朝食をとるという予定は聞 かされていたが、まさかここでも蕎麦が食べれるとは思っていなかった。神楽が次の演目に入り、社殿内での舞になった頃には蕎麦が我々にもまわってきた。南郷村で食べた蕎麦より少々細目の麺と、南郷村よりもやや濃いめの汁。上には鶏肉、ネギ、椎茸が乗っていた。なめらかな喉越しながら、ずっしりした食感のこの蕎麦もやはり鶏の出汁と良く合う。柚子の香りも心地良く、非常に味わい深い蕎麦であった。「嗚呼。蕎麦仙人様!やはりおっしゃるとおりでした!」朝霧の向こうで蕎麦仙人がほほえんでいるような気がした。 山の中の古い社で一種神秘的にも感じる神楽舞いを眺めながら、村人の打った美味しい蕎麦を頂くなんて、何と贅沢なんだろう...と至福の時を過ごした朝であった。 4.猪蕎麦 ![]() 嶽の枝尾神社での神楽の後に、有志数人で椎葉村に現存する数少ない焼畑(注6)を調査(見学)に行ったため、麺文化研究会本隊と別行動になってしまい、昼食の時間にも遅れてしまった。昼食をとることになっていた椎葉村の盛界茶屋に我々が到着したときには、ほとんどの参加者はすでに食べ終わっていたものの、優しい皆さんはちゃんと、我々に食べるものを残しておいてくれた。このお店は猪料理が専門のようで、お店の周りには檻に入れられた猪が多数、出番(?)を待っていた。 豪快な猪鍋、焼き猪などとともに出されたお蕎麦には、ユズ、ネギ、椎茸の他にカマボコ、竹輪、人参、が乗せれていた。このお蕎麦はこれまで食べてきたような鶏の出汁ではなく、猪で取った出汁なのだそうだ。先の蕎麦仙人長友先生は「最近は牛や猪で出汁をとる店も有るようぢゃが、蕎麦には獣肉より鳥肉で取った出汁の方が合うのぢゃ」とも講演でおっしゃっていた。なるほど、猪の出汁も野趣味があって決して悪くないが、猪より鶏の方が蕎麦とのマッチングが良い様な気がする。それとも、出番を待つ猪たちに囲まれている遠慮からそう思われるのだろうか... 5.お教えありがとうございました! これまで、昆布や鰹節・鯖節なんかの出汁の蕎麦を普通に食べてきた私にとって、蕎麦仙人の「蕎麦には鳥の黄色い油が合うのぢゃ!」と言う言葉と、その言葉を裏付けるような美味しい蕎麦達との出会いは、軽いジャブを喰らったような衝撃であった。 そういえば、鴨南蛮蕎麦なんて定番メニューも結局は鳥系の出汁なわけで、やっぱり「蕎麦には鳥の黄色い油が合うのぢゃ!」なのであろう。逆に、うどんの定番メニューに「肉うどん」があったり、すき焼きの後に入れるうどんが妙に旨かったりするから、うどんは獣肉との相性がいいのかも知れないなぁ..などと考えつつ、「蕎麦仙人様お教えありがとうございました!」とつぶやきながら山村を後にした。 注1 アジア麺文化研究会: 福岡県内いくつかの大学の先生(経済学)が中心になって設立した研究会。アジア各地の麺文化を多角度から探求・考察するという趣旨の研究会であるが、実際のところは文化経済学という分野の観点から麺文化を検討することが話題の中心となっている。(ちなみに筆者の興味の重点である麺に関する食民族学。)とはいうものの、現地検討会では毎回、麺に関する貴重な体験をすることができるため、大変、勉強になる集まりである。 麺の「文化経済学」というのは一口に言うと「麺に関した村おこし・町おこし・イベント・ブーム・流行などに関する経済学」ということになるのかな? そこら辺は研究会事務局長の奥山忠政氏の著書「ラーメンの文化経済学(芙蓉書房出版)」を参照するべし。 注2 南郷村: 宮崎県東臼杵郡の山村。昔々、百済の王族がこの地に亡命してきたという伝説がある。現在は村内に「西の正倉院」、「百済の館」など、この伝説に関する建築物も多い。 詳しくは南郷村役場 または南郷村商工会 注3 椎葉村: 宮崎県東臼杵郡の山村。平家落人伝説、焼畑、ヒエ搗き節などで有名。詳しくは椎葉村役場または椎葉村商工会 注4 長友大(ながともたかし)先生: 宮崎大学名誉教授、元農学部教授・農学部長。元世界ソバ学会長。ソバの研究の日本の第一人者である。先生の名著「蕎麦考」は柴田書店のホームページで全文閲覧でる。 注5 「蕎麦には鳥の黄色い油が合うのぢゃ!」: 実際の講演ではこのような仙人風の言い回しではなく、普通の口調でこの言葉をおっしゃっていた事を書き添える。本物の仙人ではないから....筆者の文章上の演出です。一応、念のため。 注6 焼畑: かつては日本の山間地で普通に見られた栽培体系。山林に火入れをして2〜3年間作物を栽培した後は長期間山林に戻して地力を養わせる完全循環型の農業形態。この地域では火入れ後一年目にソバを栽培することが多い。椎葉村での焼畑に関する驚くべき合理性や先人の知恵は「おばあさんの山里日記」(文:佐々木章、語り:椎葉クニ子、葦書房刊)および「おばあさんの植物図鑑」(文:斉藤政美、語り:椎葉クニ子、葦書房刊)で知ることができる。また、「おばあさんの山里日記」の著者佐々木章氏のホームページにも焼畑に関して詳しい記述がある。 ※上記のリンク掲載について、御不備等ございましたらこちらまで御連絡よろしくお願い致します。速やかに対処致します。 saitamaya.net webmaster Hiroyuki Arai |