Carlosの喰いしごき調査委員会

宮崎山里、蕎麦仙人と百済伝説 編


第2話「清々しい蒟蒻」の巻

1.蒟蒻畑
 宮崎県の山間地域。これほどまでに山間地域とは思わなかった。我が愛車M社Pの車幅ギリギリの山道が国道だとはとうてい信じられない。途中「工事中のため30分間の通行止め」なんて憂き目にも遭ってしまった。30分間の通行止めの間、車から降りて暇つぶしに山道をうろうろしていたら、道ばたの小さな畑に蒟蒻が数本植わっているのを見つけた。この数時間後、この旅最初の食事として南郷村こんにゃく番所で蒟蒻尽くしの「蒟蒻懐石」を食べる事となっていた私にとって、この蒟蒻畑との出会いは単なる偶然の出来事とは思えなかった。


2.こんにゃくそば
蒟蒻蕎麦 集合場所にやっとのことでたどり着き、参加者全員で昼食をとるべく南郷村こんにゃく番所に向かった。ここの懐石料理はその材料のはほとんど蒟蒻であるとのことで、そのバリエーションに驚かされ、かつ、大変おいしく食べさせてもらった(注1)。しかし、これが、食べても食べても満腹にならないのである。嬉しいような悲しいような・・・。
 まず、なによりもアジア麺文化研究会の地域研究会として同村に訪れたからには、今回出会った最初の麺料理である「こんにゃくそば」について書かなければならない。蒟蒻懐石の数ある蒟蒻料理の内の一品であるこの「こんにゃくそば」は蕎麦粉が8割、蒟蒻が2割入っているとのことであった。すき焼きには欠かせない糸蒟蒻(しらたき)のように、グリグリした食感と思いきや、案外柔らかめの歯ごたえであった。お蕎麦としての味は悪くはないが、「こんにゃくそば」以外のお料理が全てコンニャクコンニャクした食感であったので、少々肩すかしな感じではあった。
 こんにゃく番所にはお土産物屋さんが併設されてあり、麺文化研究会会員の私としては迷うことなく、土産物屋の店頭にあった「こんにゃくそば」(乾麺)を自宅用に購入した。帰宅して、このお土産物を開けてみていたら、なんと乾麺を束ねる紙帯に「山形 麺匠さかた」と書いてあるではないか!南九州の南郷村まで来て東北山形の蕎麦を買ってしまったようだ。
 「十割蕎麦」以外の日本の蕎麦には「つなぎ」が入っており、その「つなぎ」として小麦粉がよく使われていることは言うまでもない。これまで、オヤマボクチ(ヤマゴボウ)の繊維(注2)、海草から作ったフノリ、卵、山芋等々をつなぎとして打ったお蕎麦を食べたことがあるが、それぞれ、コシ、歯触り、舌触り、喉越しに少なからず影響があり、お蕎麦に個性を与えていた。このほかに大豆(呉汁)、蓮の葉、サルゴマなる植物の根をつなぎに使う例もあるらしい。それでは、蒟蒻をつなぎに使った蕎麦はこれまであったのだろうか? 蕎麦も蒟蒻も我が国で古くから栽培・利用されている作物で、山間部の畑地で栽培されることなど共通点も多く、蒟蒻が蕎麦のつなぎとして伝統的に使われたとしても不自然ではない。
 今回購入した乾麺の製造元である山形の酒井製麺所にお聞きしたところ(注3)、この「こんにゃくそば」は地元山形の蒟蒻店との共同開発で新しく考案された麺で、ダマになりやすい蒟蒻を蕎麦にどう混やって混ぜ込むかが難しかった点とのことである。蕎麦どころで有名な山形でも伝統的に蒟蒻をつなぎに使う例はやはり無いとのことであった。


3.蒟蒻の刺身
 皿の奥の白っぽいの丸い物が「清々しい蒟蒻」の刺身。皿手前の四角い黄色っぽい物が「樫の実蒟蒻」で第5話に登場予定。アルミホイルの中身は柚子味噌 蒟蒻と言えば、これまでの私の蒟蒻観を覆すような蒟蒻とも出会った。それは南郷村でのアジア麺文化研究会の懇親会の際に、再現された蕎麦祭りのご馳走の中の一つとして我々の前に現れたのであった。普段我々が食べている蒟蒻は、グリンとしてブリンとした独特の食感で弾力のある特徴的な歯触りがある。しかし、ここで食べた蒟蒻は、もちろん蒟蒻独特のブルンとした舌触りであるが、歯触りはいくらかサックリととした感じで歯切れがいい。また、色も清楚な白色で、蒟蒻のあの生臭い独特の臭いもなく、むしろ、ほのかに爽やかな香りがする。
 お料理をご用意いただいた南郷村役場の原田課長のお話によると、通常の蒟蒻は蒟蒻芋を精製して作った蒟蒻粉から作られるが、この蒟蒻は蒟蒻芋の生芋をすり下ろして作るのだそうだ。また通常の蒟蒻は凝固させるために石灰を使うが、この蒟蒻は木灰を使って固めるらしい。前話で紹介した「おばあさんの山里日記」によると蒟蒻を作るときはどんな木の灰でも良いのではなく、カシやナラなどの灰が蒟蒻作りに良く、逆にクリやマツやスギは特に良くないそうだ。昔は囲炉裏の灰を蒟蒻作りに使っていたために、焼き栗を食べた後に栗の殻を囲炉裏にくべるとたいそう怒られたという思い出話もこの本で紹介されている。
 とにかく、柚子味噌または生姜醤油を少し付けて食べたこの蒟蒻は何とも清々しい味だった。蒟蒻に対して「清々しい」という形容詞は想像も付かないであろうが、この蒟蒻にはこの形容詞がしっくりくるのである。この蒟蒻に関してはあえて「清々しい」を形容詞として授与したい。


4.印象深い風景
 往路、山の中で30分間も通行止めを喰らうという思いも寄らない事態に遭遇したときに、たまたまそこにあった小さな蒟蒻畑は、妙に印象に残る風景として頭に残っている。でも、それは思いも寄らない事態に遭遇したために記憶に残っているのではなく、その風景を見た後に、こんにゃくそばやあの清々しい蒟蒻の刺身などのインパクトのある蒟蒻料理を食べたために、さらに深く頭に残っているのであろう。



注1 こんにゃく番所の蒟蒻懐石: お料理をいくつか紹介しよう。刺身蒟蒻は珍しくないけど甘海老風刺身蒟蒻は珍しい。このほか蒟蒻と野菜のお煮染め、蒟蒻の佃煮、蒟蒻の漬け物、蒟蒻粥、蒟蒻の竜田揚げ、蒟蒻のタピオカ風デザートなどなど。南郷村のこんにゃく番所については南郷村商工会に詳しく紹介されています。

注2 オヤマボクチ: (雄山火口、キク科、学名:Synurus deltoides)。信州大学農学部の井上助教授によると、長野県南部から新潟県の山間部ではこのオヤマボクチの茎葉を乾燥・叩く・茹でる・洗うの行程を繰り返して無味無臭の繊維だけをとりだし蕎麦打ちの際のつなぎに使うということである。これは繊維のみを抽出して食品として利用する世界的に見て珍しい技術なのだそうだ。(井上直人ら 2000 日本海を巡る民俗植物学的研究.環境科学総合研究所年報.第19巻.99-123)

注3 酒井製麺所: 実は直接この会社に問い合わせた訳ではなく、この会社の製品を紹介していたミニコミ誌TOPSY TIMESのホームページのご担当の藤野さんを通じてお聞きしたものである。このホームページでは同社のあのこんにゃくそばを始めとした商品が紹介してある。
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