Carlosの喰いしごき調査委員会

宮崎山里、蕎麦仙人と百済伝説 編


第4話 「豆腐を荒縄で縛ばれるか」の巻

1.朝の味噌汁
 豆腐屋の軒先を借りているから書くわけではないが、朝の味噌汁と言えば、やはり豆腐だろう。豆腐の味噌汁は、その鍋からたつ香り自体にえも言えぬ優しさを感じる。豆腐の味噌汁のその柔らか味が寝起きの胃腸に優しく触れ、それを食した者だけが、心地よい朝を迎えることができるのではないだろうか(再度確認するが豆腐屋の軒先を借りているから書いたわけではない)。
 その日の朝も豆腐の味噌汁から始まった。朝と言っても、すでに寝起きではなく、床から出てゆうに3時間は経ってしまっていた。宮崎県での麺文化研究会現地研究会の二日目の朝、朝食前に南郷村から隣村の椎葉村に移動してきた。大型バスに不向きな山道が続いたことと、少々迷ってしまったこともあり、到着が遅れてしまったのである。
椎葉村嶽の枝尾神社の神楽 その朝は椎場村の嶽の枝尾神社で神楽を見ながら朝食をいただくこととなっていた。その神楽は朝霧の中の社で幽玄にかつ力強く舞われていた。第1話でも書いたように、ここでは美味しいお蕎麦も出していただいたが、朝食の定番、ご飯と味噌汁もご用意いただいていた。嬉しいことに味噌汁の具は豆腐。「そうでなくっちゃ」とばかりに早速、口に入れたが、若干の違和感を感じた....豆腐が妙に堅いのである(注1注2)。その豆腐は「俺の原料は大豆なんだ!」という豆腐本人の主張が聞こえてくる様な濃厚な味であったが、その濃厚な味よりもその豆腐の堅さに吃驚させられた。
 椎葉村での生活を書いた名著「おばあさんの山里日記(葦書房)」によると椎葉村では昔からこの堅い豆腐が好まれており、現在でも各家庭で作るときはもちろん、村内のスーパーで売っている豆腐も堅い豆腐なのだそうだ。椎原では「豆腐を荒縄で縛って提げていく」というような言い方をするらしい。そんなことが本当にできるのだろうか、いくら堅いとはいえ豆腐は豆腐、無理じゃないかなぁ。

菜豆腐2.菜豆腐
 この日のお昼は同村内の盛界茶屋で猪料理を頂いた。様々な猪料理とは別に、一品、見るも美しいお料理が目を引いた。「菜豆腐」である。
 白地に緑とオレンジ色の模様が入った直方体はまるで磨かれた大理石か瑪瑙の様にも見える。豆腐を固めるときに菜っぱとニンジンを混ぜ込んで固めてあるのだろう。添えてある柚子味噌を付けて食べてみた。豆腐としては、これもやはり、かなり堅い豆腐である。しっかりとした味の豆腐に大根葉であろうか菜っぱのシャッキリとした歯触りと風味が心地良い。鮮やかなオレンジ色のニンジンが彩りを添えている。珍しいのはもとより、大変美味しかったので、猪肉そっちのけで菜豆腐ばかり食べてしまった。そういえば「おばあさんの山里日記」のなかで「冬のお祭りの時に神様に供える猪が獲れなかったときは豆腐だけは代わりに供えても許される」との記述があった。椎場で豆腐が猪肉並の地位を獲得していることは神様も認めるところなのであろうが、僭越ながら私も認めることにさせていただく。
 これまた「おばあさんの山里日記」によると、椎場村の在来種(注3)のカブである「平家カブ」で菜豆腐を作るときは、そのカブの煮汁に豆乳を固める作用があるので、ニガリを少し足すだけで豆腐ができるとのことである。同書の著者、佐々木章氏によると、海から離れた山間部の椎場村において、かつては海水から作るニガリが貴重品であったために、野菜の煮汁(灰汁)をニガリの代用にしたことが菜豆腐の起源ではないかと推測されている。
 椎場村では菜豆腐の他に、筍の柔らかい部分を混ぜ込んだ「筍豆腐」や藤の花を混ぜ込んだ「藤豆腐」も、それぞれの季節に食べられているとのことである。藤の花は天ぷらにしても美味しいらしいが(注4)、味はもとより、その鮮やかな紫色の花が混ざり入った豆腐はさぞ美しいことであろう。そんなことを考えていたら、藤の季節にまた椎原村まで足を伸ばそうかと、ついカレンダーに目がいってしまう。
 ところで豆腐を縄で縛れるかどうかの話であるが、加工食品の大図鑑「食材図典U(小学館)」の「堅豆腐」の項にも「なかには縄で縛れるほどのものもある。」との記述があった。なんと、本当に縛れんですね。吃驚です。



注1 堅い豆腐: 小学館の「食材図典U」によると、堅い木綿豆腐である「堅豆腐」は沖縄の島豆腐、富山五箇山の岩豆腐の他、石川県白峰村等にも残っているとのことである。また、その製法は通常よりも豆乳の濃度を濃くし、にがりを用いて凝固させてから、細かく崩して水切りをよくするなどの工夫が見られるとのことである。さらに普通の豆腐では、呉を煮てからしぼる「煮とり法」を用いるが、堅豆腐では生のまましぼる「生しぼり法」であることが多いらしい。
 ちなみに「おばあさんの山里日記(葦書房)」によると椎場村の堅い豆腐も「生しぼり法」によるもののようである。

注2 堅い: 豆腐が「かたい」という表現をするときは、「堅い」のか「固い」のか「硬い」のか、どれが妥当な漢字なんだろう?複数の辞書を調べた結果「堅い」ということにした...が、あまり自信がない。漢字表現に詳しい方、ご一報を。

注3 在来種: 作物、野菜などの、その地域に古くから栽培されている固有の種・品種のこと。最近、改良品種が広く普及してきたことから、各地の在来種が消滅する危険性が出てきている。在来種には改良品種がその改良過程で失ったような貴重な遺伝子を温存している可能性があり、生物学的・遺伝学的にも保全する必要性が高い。
 また、その在来種自体がその地域の食文化と密接に関係している「文化財」であるともいえるので、やはり、絶滅させてはいけないのである。

注4 藤の花: 藤はマメ科の植物であるが、マメ科植物の花は日本のみならず世界中で野菜として食べられている。野菜に関する著作の多い吉田よし子さんの最近の御著書「マメな豆の話(平凡社新書)」によると、エンドウ、インゲン、ササゲ、フジマメ、ソラマメ、ハナマメ、シカクマメ・・・・と食用豆の花ならほとんど食べることが出来るそうだ。また、熱帯ではシロゴチョウ、デイゴ、タガヤサンなどのマメ科樹木の花も野菜として重宝されているとのこと。私もミャンマー(旧ビルマ)の市場で野菜として売られているマメ科樹木の花をいくつか見たことがある。
 聞いた話だが、四国だったか、空豆の花を散らして彩りを添えたちらし寿司を春の味とする地域があるそうだ。残念ながら空豆の花のちらし寿司も藤の花の豆腐も実際には見たことはないが、きっと、日本画の様に美しいお料理なのであろう。