虫喰ふ人も好々
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第二話 学生の仇っ!

地蜂の巣、袋から出すと親蜂が反撃する(Photo by Endy)
袋に入った地蜂の巣(Photo by Endy)
一つ一つ丁寧に引っ張り出す(Photo by Endy)
根気よく根気よく(Photo by Endy)
復讐とばかりにハチをほじくるI君(Photo by Endy)
成長中(Photo by Endy)
整列っ!(Photo by Endy)
見つめちゃいやーん(Photo by Endy)
調理中(Photo by Endy)
できあがり!(Photo by Endy)
E君、蜂の子の躍り食いする(Photo by Endy)
1. 突然の電話

 出張先でのこと。ポケットの携帯電話が突然鳴った。研究室の学生からの電話だった。
「畑で調査していたIさん(大学院2年生)がスズメバチに刺されました。今から病院に行くところです。」
 電話の向こうからは「やっばいなぁ」という雰囲気が伝わってきた。聞くとI君がスズメバチに刺されるのはこれが2度目なのだそうだ。スズメバチが怖いのは、刺されることによっておこるアナフィラキーショックだ。最初に刺された時に体内で抗体が産生され、二度目以降に刺されたときに、それにより強度のアレルギー反応によってショック状態に陥るのである。I君がスズメバチに刺されたのが二度目というなら、その心配もしなければならない。

2. クロスズメバチ

 しかし、刺された当の本人のI君はケロッとしていて、結局、病院にも行かずじまいだったそうだ。よくよく聞いてみるとI君を刺したスズメバチはスズメバチでもクロスズメバチで、いわゆる地蜂と呼ばれている蜂だったようだ。刺されて特に危ないのはオオスズメバチで、クロスズメバチも決して刺されて良いわけではないが、オオスズメバチほど心配はない。
 出張から戻って、事件の現場となった学内の畑を見に行った。I君が調査をしていた畑のそばに地蜂の巣の出入り口らしき穴が地面に開いており、たくさんの黒い蜂が出たり入ったりしていた。I君はその畑での調査中に、巣に近づきすぎて蜂どもの反感を買ったらしい。
 I君を襲撃した犯人がクロスズメバチであることを知り、また、その巣の場所を確認したときから、私はI君の仇をとることを決めた。「くっ喰ってやる!」

3. 掘って、ほじくって、煮る。
 
 早速、その蜂の巣を掘り起こして...とは思っていたが、なかなか時間が取れずにいた。そうこうしているうちに大学職員のNさんが掘り出してくれたので、学生数名と蜂の子を巣からほじくり出す作業を行った。
 大きいビニル袋に入れられた蜂の巣は一抱えもあるような大きな物だった。親蜂が飛び出てくるので掃除機で吸い取ってから、巣を袋から出した。巣は板を重ねた様な構造になっており、それを一枚ずつ取り出して、個々の穴に入っている蜂の子一つ一つをピンセットでほじくり出すのである。この巣の住人に刺されたI君も復讐のことなど忘れて、冷静にほじくり出していた。手荒く引っ張ると柔らかな蜂の子はちぎれてしまう。これはかなり根気のいる作業である。
 当たり前だが、巣の中の蜂は幼虫ばかりではない。幼虫、蛹から成虫まで様々な蜂が住んでいる。この中で、蛹から成虫になりかけの蜂たちの収まっている巣は、すこしギョッとした。蜂たちはランダムに巣に収まっているのではなく、綺麗に同じ方向に整列して収まっていたのである。大勢の蜂たちのつぶらな瞳に一斉に見つめられると変な気分であった。
 かくして、ほじくり出された蜂の子(成虫も含む)たちは甘辛く煮付けられるのである。

4.その味は..絶品
 根っからの信州人に聞くと、蜂の子は捕ったすぐの新鮮な奴を躍り食いにするのが一番旨いとのことだ。実際に、今回、捕りたての生きた蜂の子にありつけた大学院生のE君が躍り食いしてみたところ甘くて「柿のような味」で美味しかったそうだ。(E君は前話でもガムシの唐揚げを喰らう写真で登場)
 煮付けた蜂の子の味は、これもまた非常に美味しく、例えていうなら「魚の煮付けの肝の部分から生臭さを完全に抜き取った味」とでも言おうか。ただし、親蜂になると多少殻のクシャクシャした食感もあるが、良く例えられる川エビ等に比べれば、格段にソフトなので食べやすい。
 以前、ある友人が蜂の子の味の感想を「滋味の一言に尽きる」と言っていたが、確かにそんな感じだ。食通だったらしい私の祖父も生前、蜂の子が好きだったと父から聞いたことがある。また、昭和天皇が蜂の子が好物でいらしたという話は有名である。

5. ぶら下がった謎の肉片
 秋頃に、私の家の近くの落葉松林を歩いていると、魚の肉片がぶら下がった針金が藪に引っかけてあるのを見かけることがある。これは地蜂を呼び寄せるための餌なのだそうだ。
 雑食性で肉も好む地蜂はこの餌を巣に持ち帰ろうと、「お持ち帰り用肉団子」を作り始める。夢中になって作っている肉団子を、そっと、綿などの目印付きの肉団子に取り替えると、それに気づかぬ地蜂は、綿付きの肉団子を抱えて巣にとって返すのである。その綿を目印にして巣に帰る地蜂を追いかけて、巣の場所を見つけ出すのだそうだ。
 以前、作業服を着て軽トラックに乗った初老の男性が、双眼鏡を覗きながらうろついているのを見つけたことがあった。軽トラックの運転は外国人労働者らしき人物だった。「これは不審な奴」と思い、しばらく畑仕事をしているふりをして観察していたが、どうもこのおじさんは地蜂を追いかけている最中のようだった。初老の男とはどういう関係なのかはしらないが、異国の地で蜂捕り駆り出された運転手君の困った顔が印象的だった。
 とにかく、信州では、このおじさんのように、秋になると地蜂捕りに夢中になる人も少なくない。「蛆虫の様だ」と見た目でいやがる人もいるが、蜂の子は、まさに「滋味の一言に尽きる」山の幸なのである。

(参考文献)
中田敬三箸「何でも食べるゾ信州人(郷土出版社)」
松浦誠箸「スズメバチを食べる 昆虫食文化を訪ねて(北海道大学図書刊行会)」
三橋淳著「虫を食べる人びと(平凡社)」